朝鮮言語文化講読
掲載内容は当時のものです。
朝鮮言語文化講読は、文字通り、朝鮮語で書かれた資料を読んでいく授業です。大学に入って朝鮮語を学びはじめ、朝鮮言語文化を専門にするようになった2年生と、さらにもう1年学修を重ねた3年生が中心です。(時には、卒業を前にした4年生も受けることもあります。)
もっとも、外国語の学修は日々の地道な積み重ねでもありますので、学年によって朝鮮語の語学力に歴然とした差があるのも事実。そうした学生たちが一堂に会した授業で、どのような資料を読んでいくべきか、長い間、熟慮を重ねてきました。といっても、目下のところ方法は2つしかなく、1つは、2年生に合わせることで、もう1つは、3年生(あるいは、それ以上)に合わせること。熟慮を重ねたわりにはそれしか思いつかないのですが、そうしたわけで、年により、学期により、この2つのいずれかによって授業を組み立てています。
1つ目の、2年生に合わせる場合は、2年生でも読んでいけるような資料を選んで読んでいきますが、そうすると3年生(以上)にとっては簡単すぎて退屈になってしまいがち。ですので、朝鮮語の文章を読んで字面を訳すこと自体は簡単でも、書かれている内容をより深く理解することはそう簡単ではない、そんな素材を扱うことになります。例えば、朝鮮語の文法論や正書法、あるいは、朝鮮語学に関する学術論文など、極めて学術的な資料を読みながら、高度な専門的知識も身につけていきます。
2つ目の、3年生(以上)に合わせる場合は、例えば、朝鮮語の諸方言で書かれた談話資料を読んでみたり、朝鮮語の古典を読んでみたり、訓点符号が付された朝鮮語による漢文訓読資料を読んでみたり。一言に朝鮮語といっても、標準語だけがあるわけではなく、また、現代語だけがあるわけでもありません。あるいは、資料がハングルで書かれているとも限りません。そうした多彩な資料を読みながら、言語というものは一律なものではなく、さまざまなバリエーションがあり得ると言うことも理解していきます。
というわけで、1つ目でも2つ目でも、独学ではなかなかお目にかかれないような類の資料を読んでいきますが、ともにボリューム感があるため、朝鮮語の学修歴が浅い2年生は、はじめは当惑することもあるようです。それでも、授業時間外に辞書などを駆使しながらなんとか読んでいこうとする姿、あるいは上級生が下級生にアドバイスをしているような姿を目撃することもあり、とても微笑ましく思っています。そして、学期の終わりのころになって、どんな資料でも独力で読み解いていけるようにな(りつつあ)る学生たちの姿に接するのは、教員として、このうえない喜びです。