炎症性腸疾患でのコリン性抗炎症機構の分子メカニズムを解明し、その結果、形質細胞様樹状細胞の遊走抑制が新たな創薬標的となる可能性を見出した
概要
近年患者が急増している炎症性腸疾患は、厚生労働省の特定疾患に指定されている慢性で難治性の疾患であり、最も重篤な合併症は慢性炎症を母地とした大腸発がんであります。腸管での免疫異常を背景とする炎症性腸疾患に対する精力的な病態研究にもかかわらず、その病因などはいまだ不明であり治療法は確立されていません。
富山大学 未病研究センターの門脇 真学長補佐、和漢医薬学総合研究所 消化管生理学分野(現 未病分野腸管疾患ユニット)の山本 武助教、金内優也大学院生らの研究グループは、炎症性腸疾患の一つである潰瘍性大腸炎に類似した病態モデルを確立し、中枢性迷走神経刺激およびニコチンの投与がa7ニコチン性アセチルコリン受容体(a7nAChR)を介して潰瘍性大腸炎病態モデルでの発症を抑制すること、腸管ではa7nAChRは形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid DC:pDC)に特異的に発現していること、腸管のpDCは炎症惹起性であること、ニコチンはa7nAChRを介してJAK-STAT系?非アポトーシス性Caspase-3の活性を亢進してpDCの腸管粘膜孤立リンパ濾胞への遊走を抑制することを明らかにしました。
本研究により、中枢神経系と腸管との抗炎症臓器間ネットワークであるコリン性抗炎症機構の分子メカニズムの一端が解明され、pDC の遊走抑制を創薬標的とした薬物が潰瘍性大腸炎の新規治療薬として有用となる可能性が期待されます。
この研究成果は、イギリス時間の2022年1月7日午前10時に英国科学雑誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。
【論文タイトル】 Cholinergic anti-inflammatory pathway ameliorates murine experimental Th2-type colitis by suppressing the migration of plasmacytoid dendritic cells
研究の背景
潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患は病因不明の慢性炎症疾患で、厚生労働省の指定難病の一つであり、発症年齢のピークは20歳代にみられる。現在、炎症性腸疾患の治療には、ステロイドや炎症性サイトカインであるTNF-aに対する抗体医薬などが使用されて早期寛解導入が図られているが、十分な病態改善が得られないことも多い。また、寛解導入後の再燃を防ぐため、さらに最も重篤な合併症である炎症関連大腸発がんを防ぐため、発症した20歳代からの長期寛解維持を目的に長期間服用することが出来る有用な薬剤もない。さらに、ヘルパーT細胞(Th)2?Th17系疾患といわれる潰瘍性大腸炎とTh1?Th17系疾患といわれるクローン病は、病態の免疫学的背景が違うにもかかわらず、薬物療法としては同様の抗炎症剤や免疫抑制剤が用いられており、病態を基盤とした治療法は確立されていない。
したがって、炎症性腸疾患の発症?病態形成機構の解明に基づく、既存の作用機序以外の新規で有用な作用機序を有する治療薬の創出が求められている。
これまで、喫煙がクローン病に対し増悪的に働いているにもかかわらず、潰瘍性大腸炎の発症頻度が喫煙者で有意に低いこと、ニコチンの経皮投与により潰瘍性大腸炎患者で症状の緩解が見られることなどが報告されている。近年、神経型a7ニコチン受容体 (a7nAChR) がマクロファージ、リンパ球やマスト細胞などの免疫細胞にも発現し、免疫細胞の活性化を抑制することが見出され、迷走神経刺激による「コリン性抗炎症機構」の本体として重要な働きをしていることが報告されている。しかしながら、迷走神経を介するコリン性抗炎症機構の潰瘍性大腸炎の病態への関与、さらにその病態生理学的分子メカニズムの詳細は明らかにされていない。
研究の内容?成果
本研究では、Th2?Th17系疾患といわれる潰瘍性大腸炎の病態モデルとして、Th2免疫応答が顕著に表れるBalb/cマウスを用いたオキサゾロン誘発潰瘍性大腸炎モデルを確立した。本病態モデルで、中枢性迷走神経刺激およびニコチンの投与は有意な薬理効果を発揮し、この薬理効果はa7nAChRアンタゴニストで抑制された。さらに、本病態モデルの腸管粘膜においてコリン作働性神経(下図:赤)が樹状細胞(下図:緑)と形態学的に近接していること、腸管ではa7nAChRはコンベンショナルDC (conventional DC:cDC)ではなく形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid DC:pDC)に特異的に発現していること、pDCを抗体で除去すると大腸炎の病態が改善することを見出した。
そこでニコチンのpDCに対する作用を検討したところ、ニコチンはpDC の成熟化や活性化には影響を与えず、a7nAChRを介してケモカインCCL21によるpDCの遊走を抑制することを見出した。さらにその分子メカニズムを検討したところ、ニコチンはpDCのJAK-STAT系を活性化して非アポトーシス性Caspase-3の活性を亢進し、その結果、pDCの遊走に重要な役割を果たす活性型Rac1を分解することによりpDCの遊走を抑制して抗炎症?免疫作用を発揮することを明らかにした。また、腸管粘膜のpDCは間質細胞が産生するCCL19/21の濃度勾配にしたがって腸間膜リンパ節へ遊走すると考えられていたが、主に腸管粘膜内の孤立リンパ濾胞へ遊走することも明らかにした。
以上より、本潰瘍性大腸炎病態モデルで、迷走神経刺激、ニコチンおよびa7nAChR活性化の抗炎症?免疫作用と、その分子メカニズムを明らかにした(下図)。
今後の展開
今回の研究結果から、中枢神経系と腸管との抗炎症臓器間ネットワークであるコリン性抗炎症機構の分子メカニズムの一端が解明されたことにより、pDC の遊走抑制を創薬標的とした薬物が潰瘍性大腸炎の新規治療薬として有用となる可能性が期待される。本研究グループは、pDC の遊走抑制を創薬標的とした天然物からの探索研究により、漢方薬成分のAstragaloside IVと Oxymatrine がcDCではなくpDCの遊走を特異的に抑制し、潰瘍性大腸炎病態モデルで薬理効果を発揮することを既に報告している(Zhang Y, Yamamoto T, Hayashi S, Kadowaki M. Suppression of plasmacytoid dendritic cell migration to colonic isolated lymphoid follicles abrogates the development of colitis. Biomed Pharmacother. 2021. IF:6.529)。今後、これらの漢方薬成分が潰瘍性大腸炎の新規治療薬のシード化合物になり得る可能性があるのか、検討を進める予定である。
論文詳細
論文名
Cholinergic anti-inflammatory pathway ameliorates murine experimental Th2-type colitis by suppressing the migration of plasmacytoid dendritic cells
著者
Yuya Kanauchi, Takeshi Yamamoto, Minako Yoshida, Yue Zhang, Jaemin Lee, Shusaku Hayashi, and Makoto Kadowaki
掲載誌
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業、JSTムーンショット研究事業(JPMJMS2021)などの支援を受けて行われました。
お問い合わせ
富山大学 未病研究センター
学長補佐 門脇 真
- TEL: 076-434-7641
- E-mail: