「偽の低酸素」で眠れる能力を再起動 ?鉄動員型キレート剤がもたらす、免疫力と修復力の同時覚醒?
ポイント
- 特定の「鉄動員型の鉄キレート剤」を使用すると、細胞の酸素センサー酵素の働きがブロックされ、周囲に酸素が十分にある環境でも「酸素が足りない」と錯覚する「機能的偽性低酸素※1(Pseudohypoxia)」状態が誘導される分子メカニズムを解明しました。
- この「偽の低酸素アラーム」が鳴ると、細胞の緊急スイッチがオンになり、生体内に温存されていた自己の強力な「免疫力(抗腫瘍効果)」や「組織修復力(神経再生)」が同時に解放?再起動されます。
- 本手法により、既存の免疫治療が効きにくい大腸がんや肺がんの治療効果が向上し、さらに老齢マウスモデルにおいて脳に炎症を起こすことなく認知機能(作業記憶)の低下を抑制できる可能性が示されました。難治性疾患に対する全く新しいプラットフォーム治療概念となる可能性が期待されます。
概要
岡山大学学術研究院医歯薬学域病理学(免疫病理)の大原利章研究准教授、松川昭博教授、 学術研究院医療開発領域(消化器外科)の野間和広講師、学術研究院医歯薬学域(歯:口腔病理学)の河合穂高研究准教授、学術研究院教育研究マネジメント領域の岩﨑良章教授、富山大学学術研究部医学系脳神経内科の山下徹教授、名古屋大学大学院工学研究科の笠井智成特任准教授らの共同研究チームは、鉄動員型の鉄キレート剤を使用して「機能的偽性低酸素」を人為的に誘導することで、生体内に眠っている免疫能や修復能が劇的に高まり、がんへの抗腫瘍免疫応答の増強や、認知機能低下の抑制を実現できることを明らかにしました。
研究チームは、大腸がんおよび肺がんのマウスモデルにおいて、鉄動員型鉄キレート剤(RoxadustatやSP10など)を経口投与して偽性低酸素を誘導しました。その結果、免疫細胞を活性化させる主要なサイトカイン※2(IL-2)の分泌が促され、既存の免疫チェックポイント阻害薬※3(抗PD-1抗体)の効果を相乗的に高めることに成功しました。また、同様の手法を老齢マウスに用いた結果、脳内に有害な炎症を引き起こすことなく神経再生シグナルを選択的に活性化させ、老化に伴う作業記憶の低下を抑制することを確認しました。
「機能的偽性低酸素」という新たな概念の活用は、がんや認知症といった現代の治療困難疾患に対して、外部から病気を攻撃するだけでなく、私たちが本来持つ力を最大限に引き出して立ち向かう次世代の革新的な治療法へと発展する可能性があります。本成果は、国際学術誌3誌にそれぞれ掲載されました。

用語解説
(*1)機能的偽性低酸素(Pseudohypoxia)
周囲に十分な酸素があるにもかかわらず、細胞が「酸素が足りない」と錯覚している状態のこと。人為的にこの状態を作り出すことで、細胞が危機的状況を乗り越えるために本来持っている生存?修復シグナル(免疫力や組織再生力)を安全に引き出すことができます。
(*2)サイトカイン(IL-2:インターロイキン-2)
細胞同士の情報を伝達するタンパク質の総称。その中でもIL-2は、免疫細胞(T細胞)の増殖や活性化に不可欠な「免疫の司令塔」のような役割を果たします。
(*3)免疫チェックポイント阻害薬(ICI/抗PD-1抗体等)
がん細胞が免疫細胞にかけている「攻撃ストップ(ブレーキ)」の信号を解除し、免疫細胞が再びがんを攻撃できるようにする治療薬。本研究では、偽性低酸素によって免疫細胞を活性化させ、この薬の効果を高めることに成功しました。
研究内容の詳細
「偽の低酸素」で眠れる能力を再起動?鉄動員型キレート剤がもたらす、免疫力と修復力の同時覚醒?[PDF, 719KB]
論文情報
論文名
Pseudohypoxia induced by iron chelators preserves working memory performance in aged mice.
論文名
Scientific Reports
著者
Toshiaki Ohara, Yoshiaki Iwasaki, Tomonari Kasai, Toru Yamashita, Shiho Komaki, Yusuke Hamada, Masayoshi Fujisawa, Akihiro Matsukawa
DOI
https://doi.org/10.1038/s41598-026-42296-3
URL
https://www.nature.com/articles/s41598-026-42296-3
お問い合わせ
富山大学学術研究部医学系 脳神経内科
教授 山下 徹
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